マリアナ海溝とエベレスト

小説

第二話 メビウスの輪

・なぜ

「私たちが下した決断は、大和の勝利」

そんな言葉が耳に入り、ボクは耳を疑った。

大和はスポーツの天才だ。
ボクがスポーツで大和に勝つことは諦めている。
しかし、それ以外の分野で大和に負けるのは許されることではない。

だから、絶対に負けないように努力したのに、なぜ負けた??
あんな絵に??

「判決の理由を説明しますね。」

ボクの顔が全てを物語っていたのだろう、先生はボクの方を向いていった。

「まず、再現度が高いのは間違いなく池上くんです。全体的に。誰がどうみてもゴッホの『ひまわり』だというでしょう。」

「でも、”美術”という観点で見ると、岩崎くんの絵の方が優れているんですよ。
岩崎くんの絵は、模写としての再現は決して高くありません。
その代わり、岩崎くんのアレンジがとても芸術的で、絵全体のレベルが非常に高いんですよ。
もし、この勝負を写真家の方に判定してもらったなら、池上くんが勝っていたと思います。
しかし、美術に精通する私たちから見ると、やはり芸術的なアレンジの入っている岩崎くんの方がいい絵だと感じるんですよね。」

先生の言葉を、ボクたちは終始無言で聴いていた。

つまり、練習による成果は明らかにボクの方が出ていて、再現度もボクの方が高いのに、大和の感覚的なアレンジに負けたということになる。

「もちろん、美術には勉強と練習が必要ですが、それ以上に感覚的な部分がものをいうことがあります。岩崎くんには、それがあったんでしょうね。」

先生は、そう付け加えた後、ボクらに一瞥を入れて、美術部員と共に部屋から出て行った。

   

美術室を出たボクは、ふと立ち止まり、戻った。

「おい!!今回のはお前がたまたま勝ったに過ぎないぞ!!
生まれ持っての感覚とやらでボクに勝ちやがって!!
次はそうはいかない。また別の分野で勝負だ!!」

ボクは、珍しく感情的になり、大きな声を出していた。

ボクの珍しい行動に、大和は目を見開いて固まっていたが、その後すぐに笑った。

「感覚だって実力だろ??まぁ今は1対1だから、もう一回勝負するか。」

大和の顔がようやく晴れた。

    

次は家庭科で勝負することになったボクらは、すぐさま家に帰り、練習した。

勝負内容は至ってシンプル、なみ縫いをいかに早く、綺麗にやるか。
つまり、どれだけ練習したかが鍵になる、最も単純かつ公平な勝負内容に決まった。

勝負は、毎度同じく一週間後。
一週間のうちに、どれだけ縫うのか、ただそれだけが勝敗を分ける。

ボクは、寝る間も惜しみ、風呂の中でさえもなみ縫いを行った。

次は絶対に負けるわけにはいかない。

ボクの心の奥底から出る決意こそが、ボクを動かしていた。

つづく

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