マリアナ海溝とエベレスト

小説

第一話 変化と変化

・勝負開始

「準備は万端なんだろうな??」

大和のクソ生意気な声で勝負は始まった。

課題曲は『カノン』、二人とも初めて弾く曲だった。

まずは、大和の番。

「え???一週間でこれ??」

大和の演奏中、ザワザワとした声が聞こえてきた。
音楽の先生も驚きを隠せていない。

「すごいね岩崎くん。一週間の練習でこれほど上手くなる人はそういないよ。
運動だけじゃなくて、音楽にも才能があるんじゃない??」

勝負だと知らない先生は、大和の演奏をベタ褒めした。

「次は、カイトの番だぜ??」

ニヤニヤした顔でボクを見てくる大和を横目に、ボクは席に座った。

”音楽はただ譜面を撫でるだけのものではない。
自分の気持ちを、天に届けるためのものだ。
譜面は、ただの道標”

ボクが参考にしたサイトに書いてあった言葉。

「スゥー」

ボクが席に座り、息を整えると、空気がピンと張り裂けそうになる。

今の気持ちを全部ぶつける。

文学者になりたい気持ちも、大和を鬱陶しく思う気持ちも、この勝負に対する思いも

全部ぶつけて、『カノン』を弾く。

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演奏後、後ろを振り返ると、全員唖然としていた。

「え?海斗??」

声を絞り出すようにしてボクの名前を読んだ人物は、吹奏楽部の主将だ。

「どうした??」

ボクの問いかけに、彼女が答えることはなかった。

ふと大和を見ると、大和顔が歪んでいた。
悲しみも、怒りも、嫉妬も、感動も、尊敬も混ざったような、そんな顔だ。

「完敗だ」

大和声で、ボクの勝利は確定した。

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勝負が終わり、音楽室にはボクと大和だけになった。

ボクが勝ったので、もうこれで大和に邪魔されないように言おうと思った。
もう、ボクを振り回すな。

「海斗、お前凄いな!!天才か??」

ボクが喋るより先に、大和が言った。

「でも、俺は音楽で負けただけで、まだ人として負けたわけじゃない!!また別の分野で勝負しようぜ!!」

潔く負けを認めた後、再戦を求めてくる相手に、ボクは先の言葉を言えなかった。

「次は美術で勝負とかどうだ??」

もう二度と勝負したくなくなるほどボコボコにしてやる。

そう決意し、ボクは勝負を承諾した。

次の課題は、ゴッホの『ひまわり』の模写だった。

家に帰り、『ひまわり』を調べた後、夕食を取り、風呂に入った。

風呂の中で今日のことを思い出し、ふと考えた。

演奏後の皆んなのあの顔。特に、大和の顔は、相当面白かった。
今日の勝負はやって良かったかもしれないな。
全国模試でボクが1位を取ったとしても、あれほど驚かれないだろう。
それに、音楽が意外と楽しいことも知れー

そう考えているうちに、ボクの考えに変化があることに気がついた。

最初は大和に二度と邪魔されないように承諾した戦いを、「やって良かった」と考えているのだ。

大和に振り回された後の風呂でイライラしない。
そんな日は初めてだった。

それにしても、大和の顔は面白かった。

昔から表情豊かで変な顔ばっかする奴だったが、今日の顔は歴代の中でも最強に変な顔になってたな。
感情が豊かになったのか、表情筋が強くなったのか分からないが、どっちにしろ大和顔は前より変になっていた。

第二話へ続く

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